NPOにおける「人事・組織のリスク」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。一般的に「リスク」という言葉からは、ハラスメント対応や未払い残業代、就業規則の不備といった、労務まわりのケースを思い浮かべる方が多いかもしれません。

たしかに、人事の仕事にはこうした「守り」の領域が数多くあります。給与計算を正確に行うこと、就業規則を明確に定めて労務対応を安定的に行うこと。これらは組織の土台として欠かせない重要な機能です。

しかし実際には、この「守り」を固めることと同時に、「攻め」の一手を打つことで、問題の発生そのものを未然に防ぐという視点も必要です。

BLP-Networkが実施した 助成事業におけるリスクマネジメントに関する実態調査

では、助成事業における主要なリスクとして、「事業責任者が退職し、事業を終了又は縮小した」という回答が挙げられました。一見すると偶発的な出来事のようにも見えますが、実際には備えることのできるリスクかもしれません。

今回は、あえて「リスクマネジメント」というテーマを扱いながらも、守りに偏りすぎず、問題の根本に対処する「攻め」の人事企画について考えていきたいと思います。

 

「攻め」の人事企画で守りを固める-人事ポリシーと人事制度設計

今回のアンケートでも話題となった「事業責任者の退職」をはじめ、「職員が定着しない」というのは、私自身がNPOの方々からご相談をいただく機会が多いテーマの一つです。

その理由としてよく挙げられるのは「キャリアパスが描けない」「給与の上がり幅が見えない」「業務が属人化し過ぎている」…などが多いように思います。

加えて、これらに対して現場で行われている対処にも、ある程度の共通項があるのではないでしょうか。属人化を防ぐためのマニュアル整備、退職リスクに備えたバックアップ要員の追加採用、退職の懸念がある職員との1on1でのキャリアアップイメージのすり合わせ、外部研修機会の提供による成長実感の設計などなど…

けれど総じてこれらは「その従業員」「その状況」に対する当座の対応、つまり根本的な解決策というよりも「もぐらたたき」に近い対処療法に留まってしまいます。

全職員・全状況に対して(もちろん例外は発生しますが)一貫してキャリアパスや給与の上がり幅をロジックとともに説明し、属人化を防止する組織構造を設計し、やりがいを明文化すること。これが採用時点から候補者に説明出来ていれば、入社前後のギャップに伴う早期離職リスクをコントロール出来る他、入社後の活躍に応じた中長期的な定着もさせやすくなるはずです。

このキャリアパス・給与の上がり幅・組織構造などの設計を支えるのが、いわゆる「人事制度」です。

挿入:「BLPNetwork記事挿入図_人事制度の目的一覧.pptx」

人事制度ってなんなのか? – 人事ポリシーと制度設計

ここまで書いてきて、「人事制度なら、うちも一応作っている」という団体がほとんどなのではないかと思います。職員数30人程度以上の規模になれば、採用時のオファー基準となる報酬レンジや等級、あるいは評価制度をすでに持っているところも少なくないでしょう。

肝心なのは、制度を一度作ることそのものではありません。

その制度を支える「人事ポリシー」まで考え抜けているか、そしてその制度を実際に動かす「運用のPDCA」が回っているか

この2点だと思います。

制度を支える「人事ポリシー」とは

人事ポリシーとは、一言で言えば「どんな組織を目指したいか」という、経営者の経営哲学を人・組織の観点で言語化したものです。

挿入:「BLPNetwork記事挿入図_人事ポリシー一枚絵.pptx」

なぜ、この組織哲学が重要なのか?これがなければ、世の中にある人事制度を一般解としてそのまま踏襲することは出来ても、「自社らしい」人事制度の設計は出来ないからです。

人事制度の中身は、その組織哲学によって大きく変わります。

例えば、「家族のように入職したら長く面倒を見て付き合う組織であるべきだ」と考える場合と、「社員同士が良きライバルとして競い合ってこそ最高の成果が生まれる」と考える場合。極端に言えば、この2つは目指す組織の方向性そのものが大きく異なります。そして、組織全員が迷わずそこに向かっていくための仕組みである人事制度もまた、当然大きく異なるものになるはずです。

つまり、自社らしい人事制度を作るには、自社の今までの歩みや大事にしたい/してきた価値観、そして事業成果として創出したい社会的インパクトゴールなど「文脈」を捉えることが重要になり、その1つの手立てとして、経営者自身の組織哲学を乗せる必要があるのです。

このように、本来は人事制度を設計する前に、経営者自身の組織哲学—どんな組織であることを是とするのか—を明確に言語化するプロセスがあり、そのうえで、そこに向かうためにはどんな人事制度が必要かを考えていく必要があります。

しかし多くの場合、こうした組織の理想状態、つまり経営の理想とする組織哲学の具体化から始めるのではなく、今ある組織の形に合わせて人事制度を後付けするケースが多く見られます。これは当然と言えば当然のことですが、だからこそ、前述したような組織への対応が「もぐらたたき」的になりがちなのです。

一方で、この人事ポリシーを作る過程で、自分たちが目指す組織の具体像を言語化できていると、人事制度の設計以外の場面でも役に立ちます。

例えば、パフォーマンスが振るわない職員にどう対応するべきか。あるいは、とても優秀な候補者が採用の場に現れたとき、どこまで例外的な報酬オファーを出すべきか。こうした個別の意思決定のたびに、経営層が「でも私たちは、こういう組織を目指していたはずだから」と立ち戻れる羅針盤を持てることになります。

これは結果的に、冒頭で述べた「守り」を固めることにもつながっていくはずです。

 

運用PDCAの重要性

とはいえ、一度制度を作ってみても、実際に運用する中で意図しない動きが出てくることは往々にしてあります。その結果、5年以上前、団体の規模が今の半分程度だった頃に設計した制度が、形骸化したまま引き継がれ続けている、というのもよくある話です。

人事制度は、よく「設計2割、運用8割」と言われます。職員の給与など、生活に直結する仕組みだからこそ、実際の運用を通じて「職員自身が使いたい・使いやすいと感じる制度になっているか」「なっていないとしたら、どう変えればよくなるか」を考え、小さく変化し続けること。それを経て初めて、その団体らしい制度へと育っていきます。

ここで重要なのは、「職員全員の不満や指摘をそのまま取り入れて迎合する」という変え方をしないことです。常に目的志向を忘れず、自団体のミッションを達成するために、そして自分たちが掲げる組織の理想像を実現するために、どう変わるべきなのかを対話の出発点にすること。これが重要になります。

例えばNPOで起こりやすいのが、目標設定や評価の「妥当性」をめぐる議論です。そもそも社会課題の解決は一面的なものではなく、複雑性が高いものです。だからこそ、ある定量指標だけを追いかけすぎることで、別のところに負のインパクトを生んでしまったり、ひとつのターゲット層を救うことに注力しすぎて、他の救うべき層を見落としてしまったりすることが往々にして起こります。

資本主義的なビジネスの世界であれば「ターゲティングの問題」として片づけられることでも、行政や民間営利企業がやらないことをあえて担っている非営利団体にとっては「取捨選択をすること」そのものが受け入れがたい場面も少なくありません。団体として、また各職員として、どの成果指標を追うべきなのか。その指標を追うことで生まれてしまう負のインパクトを、どう抑えるべきなのか。目標設定や評価の妥当性を突き詰めていくのは、決して簡単なことではありません。(私自身、非常に小さな団体ではありますが非営利団体を運営する中で、何度も民間営利企業出身の方からこのように指摘を受けたり、自分でも痛感しつつ、取捨選択を避けてあえて面で張るような戦略を取っていたりするので、ほんの少し想像できるような気がしています)。

だからこそ、職員の不満をそのまま人事制度改定に取り入れてしまうと「もう目標を置くこと自体をやめたい」など、0か100かの結論に振り切ってしまうこともあり得ます。しかしこれは非常にもったいない、かつかえって最終的なリスクマネジメントには繋がりません。むしろ、どんな評価指標であれば納得感が増すのか?などを徹底的に考えて、職員自ら当事者意識を持って人事制度の運用や改善そのものに関わっていく必要があります。

団体の現在地チェック – 人事ポリシーや人事制度、見直しは必要?

ここまで、人事ポリシーや制度設計について、やや抽象度の高い話を続けてきました。最後に、皆さんの団体の「現在地」を確認できる10のチェック項目を用意しましたので、ぜひ自団体のことを思い浮かべながらチェックしてみてください!

  • 「どんな組織を目指しているか」「他にはない、自団体らしさはどんなところか」という問いに対して、経営層それぞれの回答に大きな乖離はないか
  • 入って1年目の職員とベテラン職員とで、それぞれに何を期待しているかの違いを、上司が具体的な言葉で説明できるか
  • 「なぜあの職員があの等級・給与なのか」を、本人以外の職員が見ても、ある程度筋が通って見えるか
  • 直近1年で、期待していた成果や行動が出せていない職員に対して、組織としてどう向き合ったか、具体的なプロセスや判断基準を答えられるか
  • 評価者(上司)が変わっても、同じ働きぶりに対して大きく異なる評価がつかないような仕組みがあるか
  • 職員から「なぜ今年、昇給・昇格しなかったのか」と聞かれたら、その場でロジックを持って答えられるか
  • 財務状況が悪化した年に、賞与・昇給をどう判断するか、あらかじめ決めたロジックがあるか
  • 人により目標達成難易度が変わらないように、目標設定時点での均質化を図れているか
  • 採用面接の段階で、候補者に対して報酬レンジや昇給の考え方について、一貫した説明ができているか
  • パフォーマンスが振るわない職員への対応について、経営層内で意見が割れた場合に立ち返る「自団体としての判断基準」を言語化できているか

いかがでしょうか?おそらく、10問すべてに淀みなく答えられる団体は多くはないのでは、と思います。

大切なのは、詰まった項目の数そのものよりも、それがどのあたりに偏っているかです。1番や10番のような「経営層内の目線合わせ」で詰まるなら、着手すべきは人事ポリシーの言語化を通じた経営層内の共通認識設計かもしれません。一方で、3番や6番のような「等級・報酬・評価等の人事制度同士のつながり」で詰まる場合は、すでにある制度同士の接続を見直すところから始められます。

まずはこのリストを、経営陣だけで一度眺めてみることから始めてみてください。そのうえで、少しでも変えてみようかな、誰かに壁打ちしたいな…と思っていただけたら、ぜひ一緒に考えさせていただきたいと思っています。

 

まとめ

「事業責任者の退職」というリスクについて、今回は組織としての骨格—人事ポリシーと、それに基づく人事制度—が言語化され、運用されているかどうか?を切り口に対処を考えてみました。

分量も多く、中々大掛かりな作業のように見えてしまったかもしれません。私自身、今まで書いてきたことは非常に教科書的で「言うは易く行うは難し」なことだと、日々人事として様々な団体さんの伴走をさせていただく中で、また自団体のマネジメントについて考える中で痛感しています。

ただ、守りを固めるためにも、根本対処として骨格を整える、攻めの一手を取るという点については、本当に必要なことだと思っています。ぜひ、ほんの少し想像してみていただけたら幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!