この記事では、よく規程の整備が求められる事項について、具体的な対応策をリスクマネジメントの観点から分析し、具体的な対応策を検討します。今回のテーマは「基本的人権の尊重・セーフガード」です。

 

リスクを検討するときには単に「基本的人権の尊重・セーフガード」と抽象的に考えるのではなく、人権侵害やセーフガードの不備が起きたら具体的に団体にどのような影響があるかという点までセットで考えることが重要です。本記事では、団体として、これらのリスクをどのように見積もり、どのように防止策を講じるべきか、どのような費用がかかるのか、検討していきます。

Ⅰ はじめに

1,言葉の定義

まず、言葉の定義を確認します。

 

基本的人権の尊重:人が生まれながらに持つ権利、すなわち生命・身体の安全、人格の尊厳、プライバシー、差別されない権利などを侵してはならない、という考え方です。基本的人権は、本来は憲法上、国家と個人の関係を規律する概念です(憲法第11条等)。もっとも、団体とスタッフ、団体と受益者といった私人間の関係においても、人権侵害にあたる行為は、人格権の侵害として不法行為(民法第709条)等の法的責任を生じさせます。さらに近年では、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)以降、国や企業だけでなく、あらゆる組織が自らの活動において人権を尊重する責任を負うという考え方が国際的な標準となっています。非営利団体もその例外ではありません。特に、休眠預金事業においては、倫理規程の中で基本的人権の尊重について定めることが求められています。

 

セーフガード(セーフガーディング)団体の活動に関わるすべての人、とりわけ子ども、障害のある方、生活困窮者など、支援を受ける立場にある方(受益者)を、団体の役職員・ボランティア等による搾取、虐待、ハラスメントその他の危害から守るための方針と仕組みの総称です。重要なのは、セーフガードが「外部の危険から受益者を守る」ことではなく、「自分たちの組織自身が危害を加える側にならないようにする」ことを目的とする点です。国際協力NGOの分野で発展した概念ですが、現在では国内の助成事業においても、体制整備が広く求められるようになっています。

 

2,リスクの特定:非営利団体の現場で何が起きるのか

非営利団体の現場では、支援を必要とする方を守る仕組みが不可欠です。しかし、どれほど立派な理念を掲げていても、組織としての「仕組み」がなければ、例えば以下のようなリスクが静かに進行します。

 

  1. 境界線(バウンダリー)の侵害 熱心なスタッフが、受益者と個人のSNSで連絡を取り始めるケースです。「本人が喜んでいるから」という善意から始まりますが、徐々に金銭の貸し借り、自宅への送迎、休日の個人的な面会へと発展し、過度な依存関係や、最悪の場合には性的搾取につながるリスクがあります。
  2. プライバシー侵害と情報漏洩 受益者のセンシティブな家庭状況や病歴を、スタッフ間の私用のLINEグループで共有してしまうケースです。退職したスタッフがグループに残ったままになる、スマートフォンの紛失で履歴ごと流出するなど、情報管理の甘さが重大な漏洩につながります。
  3. 力関係を利用した搾取・虐待 支援を断れない立場の受益者に対し、スタッフが無償の労働を強要したり、威圧的な言動で従わせたりするケースです。逆に、上位スタッフから現場のボランティアへのハラスメントという形で現れることもあります。
  4. 問題に気づいた人の孤立 問題に気づいたスタッフが報告しても、「組織の体面」や「加害者への個人的な信頼」が優先され、報告が揉み消されてしまうケースです。声を上げた人が逆に居づらくなり退職する一方、問題行為は継続し、被害が拡大します。

 

これらに共通するのは、悪意のある人物だけが起こす問題ではない、という点です。むしろ善意と熱意のあるスタッフが、知らず知らずのうちに一線を越えてしまうところに、このリスクの本質があります。

 

Ⅱ リスクの分析・評価

次に、リスク分析として、発生可能性と発生時の影響度を考えましょう。

1,発生可能性

「善意で集まった人たちだから大丈夫」という属人的な評価は大変危険です。非営利の現場には、人権侵害・セーフガード不備が生じやすい構造的な要因があるためです。具体的には、以下のような場合に発生可能性が高くなります。

 

  1. 権力勾配が存在する場合 支援する側と支援される側の間には、「支援を打ち切られたら困る」という構造的な力関係の差(権力勾配)が存在します。受益者は被害を受けても声を上げにくく、問題が表面化しないまま深刻化しやすい状況にあります。
  2. 活動が密室的になりやすい場合 家庭訪問、個別の学習支援、宿泊を伴う行事など、スタッフと受益者が1対1または少人数で過ごす場面が多い活動では、第三者の目によるチェックが働きにくくなります。
  3. 「善意への過信」が共有されている場合 「うちの人たちに限ってそんなことはない」という雰囲気が強い団体ほど、小さな逸脱(個人的な連絡、特定の受益者へのえこひいき等)が指摘されないまま放置され、エスカレートしやすくなります。
  4. ボランティアや非常勤が活動の中心である場合 雇用契約に基づく労働者であれば就業規則や労働関係法令の網がかかりますが、ボランティアにはこれらが当然には及びません。明示的なルールを定めない限り、行動基準が存在しない状態になります。
  5. 報告・相談の経路が一本しかない場合 相談先が直属のリーダーしかいない体制では、そのリーダー自身が問題の当事者である場合に、報告が機能しなくなります。

 

2,影響度

実際に問題が起きた場合の影響は、複数の層にわたります。

 

(1)被害者への影響

何よりもまず、被害を受けた受益者やスタッフが心身に深い傷を負います。特に受益者は、もともと困難を抱えて支援につながった方々であり、信頼していた団体から危害を受けることによる被害は極めて深刻です。これは団体の損得以前の、活動の存在意義そのものに関わる問題です。

 

(2)法的責任

団体および役員には、以下のような法的責任が生じ得ます。

 

  • 法人自身の責任 スタッフが事業の執行に関連して受益者等に損害を与えた場合、法人は使用者責任(民法第715条)に基づく損害賠償責任を負い得ます。代表理事等がその職務を行うについて第三者に損害を加えた場合には、一般社団法人は一般法人法第78条により法人としての賠償責任を負います。また、雇用するスタッフとの関係では、安全配慮義務(労働契約法第5条)への違反として債務不履行責任を問われる可能性もあります。
  • 理事個人の法人に対する責任 理事は法人に対して善管注意義務を負います。一般社団法人の理事については一般法人法第64条が委任の規定を準用し、任務懈怠による損害賠償責任が定められています(同法第111条第1項)。特定非営利活動法人(NPO法人)についても、法人と理事の関係には委任に関する規定が適用されると解されており、理事は善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(民法第644条)を負います。セーフガード体制の不備を放置した結果として事故が生じた場合、「体制整備を怠った」こと自体が善管注意義務違反として、法人から賠償を求められる可能性があります。
  • 理事個人の第三者に対する責任 一般社団法人の理事は、職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、被害者などの第三者に対しても直接の賠償責任を負います(一般法人法第117条)。NPO法人の理事についても、不法行為(民法第709条)に基づき第三者への責任を問われる場合があります。
  • 行政上の責任 NPO法人については、法令違反等がある場合、所轄庁による報告徴収・立入検査(NPO法第41条)や改善命令(同法第42条)の対象となり、改善命令に従わない場合等には設立認証の取消し(同法第43条)に至るリスクがあります。認定NPO法人や公益社団・財団法人であれば、認定・認証の取消しは税制優遇の喪失を意味し、影響はさらに大きくなります。

 

(3)資金調達への影響

休眠預金事業をはじめとする公的性格の強い助成事業では、コンプライアンス違反は事業の停止や助成金の返還請求の対象となり得ます。不祥事が発覚すれば、当該事業だけでなく、次回以降の公募への参加が事実上困難になります。さらに、報道やSNSでの拡散を通じて「受益者を守れない団体」という評価が定着すると、寄付者の離反、企業協賛の打ち切りなど、団体の収入基盤全体が揺らぎます。

 

(4)人材・事業継続への影響

事案の調査、被害者対応、行政や資金分配団体への報告には、大きな人的・時間的リソースを要します。また、「あの団体で問題が起きた」という事実は、スタッフやボランティアの離脱、新規採用の困難化を招き、属人的な業務が多い小規模団体では事業継続そのものが危うくなります。

 

3,リスクの高低の判断(総合評価)

以上を踏まえ、発生可能性と影響度を3段階で評価すると、発生可能性については、権力勾配と密室性という構造的要因が常に存在するため、仕組みのない団体では中〜高、影響度については、被害者への深刻な被害に加え、法的責任・資金調達・事業継続のすべてに波及するため、と整理されることが多いと考えられます。

 

すなわち、基本的人権の尊重・セーフガードに関するリスクは、団体として最優先で対応すべきリスクに分類されます。事案が一度でも発生すれば、長年かけて築き上げた社会的信用を瞬時に失い、組織の存続に直結するためです。

 

Ⅲ リスクへの対応

このリスクへの対応は、個人の倫理観に頼るのではなく、倫理規程やセーフガーディングポリシーというルールによる「仕組み」として実装する必要があります。以下、(1) なぜ規程の整備が求められるのか、(2) 規程を対外的に示すことの意味、(3) 具体的な防止策、の順に検討します。

1,規程整備の必要性:法令の要請と助成金の要請

ここで、法律が求める水準と、休眠預金事業等の助成金が求める水準の違いを整理しておきましょう。

 

法律上の要請としては、NPO法や一般法人法に「セーフガーディングポリシーを定めよ」という明文の規定はありません。しかし、上記Ⅱのとおり、理事は法人に対して善管注意義務を負っており、これだけ発生可能性と影響度の高いリスクを認識しながら何の体制も整備しないことは、義務違反と評価されるおそれがあります。つまり、法律は規程の名称や形式を指定していないものの、リスクに見合った体制整備そのものは、理事の法的義務の内容になり得るのです。

 

助成金上の要請は、これより一歩踏み込んでいます。休眠預金事業は国民の休眠預金を原資とする制度であるため、資金分配団体・実行団体には、申請資格要件として、JANPIAが規定するガバナンス・コンプライアンス体制を備えていることが求められます。整備すべき規程類には倫理に関する規程が明示的に含まれており、各団体は規程類を策定したうえで自団体のウェブサイトで公表し、その整備・運用状況について事業報告等を通じて自ら点検・報告することとされています。 すなわち、法律上は「一般的な注意義務」にとどまる事項が、助成金の世界では「明文の規程の存在」という形式まで含めて要求されるのです。「うちは皆まじめにやっているから規程は不要」という説明は、ここでは通用しません。

 

では、倫理規程やセーフガーディングポリシーには、何を盛り込むべきでしょうか。参考として、盛り込むべき項目の例を挙げます。

 

  1. 基本方針: 団体がすべての関係者の人権を尊重し、受益者への搾取・虐待・ハラスメントを一切許容しないことの宣言。
  2. 適用範囲: 役員・職員だけでなく、ボランティア、インターン、業務委託先まで適用対象に含めること。
  3. 行動規範(行為レベルの具体化): 「人権を尊重する」という抽象的な表現だけでなく、「受益者と個人のSNS・私用連絡先で連絡を取らない」「受益者と金銭の貸し借りをしない」「未成年の受益者と1対1で密室にならない」「受益者の個人情報を私用の端末・アカウントで取り扱わない」など、してはいけないこと・守るべき手順を行為レベルで列挙すること。
  4. 報告・相談ルート: 直属の上司を経由せずに報告できる多層的なルート(理事・監事への直通窓口、可能であれば外部窓口)を定めること。
  5. 通報者の保護: 通報・相談をしたことを理由とする不利益取扱いの禁止を明記すること。
  6. 発生時の対応手続: 被害者の保護を最優先とすること、誰が調査し、どの機関(理事会等)が処分・対応方針を決定するかをあらかじめ定めること。
  7. 研修・周知: 新規参加者への説明と、定期的な研修・確認の機会を定めること。

 

なお、児童や障害のある方を対象とする事業では、児童虐待防止法や障害者虐待防止法に基づく通報の仕組みなど、分野ごとの法令上の要請もあります。自団体の活動分野に即して、規程の内容を具体化することが重要です。

 

2,倫理規程を対外的に示すことの意味と効果

規程は、整備して終わりではなく、対外的に示すこと自体に大きな意味があります

 

第一に、社会的信用の獲得です。規程をウェブサイトで公開し、助成申請書や報告書で体制を説明することは、「私たちは透明性が高く、弱者を守る仕組みを持った組織です」という社会へのアピールになります。資金分配団体や寄付者の立場から見れば、同じ事業内容であれば、リスク管理の仕組みを示せる団体に資金を託したいと考えるのは自然なことです。倫理規程は、資金獲得の場面における信用の証明書として機能します。

 

第二に、抑止と教育の効果です。規程が公開されていれば、受益者やその家族も「この団体ではこういう行為は禁止されている」と知ることができ、おかしいと感じたときに声を上げる根拠になります。スタッフにとっても、判断に迷う場面で立ち返る基準となり、善意からの逸脱を未然に防ぎます。

 

第三に、有事の際の防御です。万一事案が発生した場合でも、規程を整備し、研修を実施し、運用していた事実は、団体と理事が体制整備義務を尽くしていたことの重要な証拠となります。逆に、規程がない、あるいは「規程はあったが誰も知らなかった」という状態は、経営の不作為を裏付ける事情になりかねません。

 

3,具体的な防止策・対応策

最後に、具体的な防止策です。団体の規模や状況によって現実的な打ち手は異なりますので、ここでは2つのパターンに分けて検討します。

(1)小規模団体(専従スタッフが数名以下の場合)の場合

人手も予算も限られる団体では、まず以下の3点から着手することが考えられます。

 

  • 行動規範を1〜2枚で文書化する 完璧な規程体系を目指す必要はありません。上記1の項目例を参考に、自団体の活動で実際に起こり得る場面(家庭訪問、SNS、金銭等)に絞った行動規範を作成し、ボランティアを含む全員に説明して同意の署名をもらうだけでも、リスクは大きく低減します。
  • 連絡手段と情報管理のルールを決める 受益者との連絡は団体のアカウントに一本化し、私用LINE等での連絡を禁止します。受益者情報を扱うグループは、退職・離脱時にアカウントを削除する運用とセットで管理します。
  • 相談先を2系統確保する 代表のほかに、監事や外部の理事など、現場の指揮系統から独立した相談先を1つ定め、全員に周知します。BLP-Networkのようなプロボノ弁護士のネットワークを通じて、外部の専門家を相談先として確保することも有効です。
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(2)一定規模の団体(事業が複数あり、スタッフ・ボランティアが多数いる場合)の場合

組織が大きくなるほど、代表の目は届かなくなります。仕組みへの投資を本格化させる段階です。

  • セーフガーディングポリシーとして体系化する 行動規範に加え、採用時の確認(過去の処分歴等の申告)、リスクアセスメント(事業ごとに密室場面を洗い出す)、発生時の調査・処分手続まで含めた規程として整備します。
  • 外部窓口と研修を導入する 弁護士等による外部通報・相談窓口を設置し、年1回以上の研修を定例化します。研修は、権力勾配が強まりやすい現場リーダー層を重点対象とすると効果的です。
  • 理事会の定例議題とする セーフガードの運用状況(相談件数、研修実施状況等)を理事会へ定期報告し、議事録に残します。これにより、理事が善管注意義務を果たしている事実も記録されます。

 

これらの対応には、規程整備や外部窓口に関する弁護士等への報酬、研修の講師料などの費用がかかります。しかし、これらは単なるコストではありません。Ⅱで見たとおり、事案が発生した場合の損失(賠償、助成金の返還、収入基盤の喪失)と比較すれば、体制整備の費用は、団体の信用力を高め、受益者とスタッフ、そして理事自身を守るための不可欠な「投資」と位置づけるべきものです。

 

Ⅳ まとめ

裁判や行政対応において経営陣の責任が問われる核心は、「リスクを知り得たか、防げたか」にあります。本記事で見たとおり、人権侵害やセーフガードの不備は、非営利の現場に構造的に存在するリスクであり、「知らなかった」という弁明は通りにくくなっています。他方で、「規程はあったが誰も使っていなかった」という状態も、かえって経営の不作為の証拠になりかねません。重要なのは、自団体の実態に合った規程を定め、周知と運用を続けることです。

 

基本的人権の尊重とセーフガードは、団体を縛るためのルールではありません。受益者が安心して支援を受け、倫理観を持った人々が組織として安全に活動するための骨格であり、そして、資金分配団体や寄付者からの信頼を獲得し、資金を呼び込むための基盤です。規程を実効性のある仕組みとして定着させ、誰もが安心して関われる持続可能な団体づくりを進めていきましょう。

 

なお、規程の整備や研修について、依頼する弁護士等に思い当たる方がいらっしゃらない場合、BLP-Networkでは皆様の活動を応援する弁護士を紹介しています。事業の成長を手助けするパートナーを探しているNPO・NGO・ソーシャルセクターの代表の方や、総務周りの仕事を一手に引き受けている担当の方、ぜひご相談ください。https://www.blp-network.com/

(下西祥平)