この記事では、よく規程の整備が求められる事項について、具体的な対応策をリスクマネジメントの観点から分析し、具体的な対応策を検討します。今回のテーマは「内部通報体制」です。
組織内の不正を早期に発見し、実効的な措置を講じること及びそもそも不正が生じないような組織を構築していくことは、団体が社会的な信頼を確保し、継続的に発展するために欠かせません。内部通報体制を整備することは、何か特定のリスクへの対応というよりは、事案の深刻化防止のためのインフラとしての役割を果たします。
本記事では、不祥事が発生した場合のリスク、そのリスクを軽減する手段として存在する内部通報制度を整備するにあたってのポイントや必要な費目等についてご説明します。

Ⅰ 内部通報制度とは

内部通報制度とは、団体(ここには、NPOやNGOも含みます)が団体内の不正を早期に発見して団体と従業員を守るため、組織内の不正行為に関する通報・相談を受け付け、調査・是正する制度のことをます。公益通報者保護法により、従業員数(アルバイトや契約社員、派遣労働者等も含む。)が300人を超える団体には、内部通報制度の導入が義務付けられています(同法11条1項、3項参照。違反した場合には行政措置等の対象となり得ます。)。
また、従業員数が300人以下の団体にも、内部通報制度の整備に努めることが求められています(同法11条3項)。

Ⅱ 内部通報体制を整えるメリットとリスク

内部通報体制を整えるメリットとしては、次の3点が挙げられます 。

(1)理事による早期の是正措置

組織における不正を是正するためには、まずその不正を発見することが重要となります。消費者庁が実施した調査では、不正発見のきっかけの第一位は「内部通報」で、全体の58.8%を占めていました 。組織の構成人数が増えてくると、理事が単独で把握できる問題状況というのには自ずと限界が出てきてしまいます。また、逆に、構成人数が少ないと、人間関係が濃密であり、不正を告発した者が特定され、不利益を受けることを恐れて、声を上げにくくなるために、問題が隠されてしまうおそれもあります 。告発者の利益を守りつつ、組織における不正を確実かつ迅速に把握することは、理事が早期に是正措置を講ずることを可能とします。
また、早期に問題を是正することによって、例えば報道機関にリークされることによって、不正が社会の明るみの場に出てしまい、社会的な信頼を大きく損なってしまうといったリスクを軽減することも可能となります。

(2)従業員のコンプライアンス意識の向上

一般的な組織においては、部下から上司へと情報が伝達されるような仕組みとなっています。この仕組みにおいては、場合によっては上司が理事へは問題状況を報告しないために、上司のもとで不正が隠蔽されてしまうという可能性があります。
内部通報体制が整えられていると、直接理事の耳に問題状況が届きやすくなります。それによって、組織内に適度な緊張感がもたらされ、従業員のコンプライアンス意識が向上されることになります。その結果、不正が生じにくい強固な組織を構築していくことが可能となり、前述したようなリスクの軽減を図ることができます。

(3)内部通報体制が整っていないことのリスク

裏を返せば、内部通報体制が整えられていないことによって、上記Ⅰのとおり法令順守の観点からの問題が生じるのみならず、団体内の不正が見逃されて、不正が常態化するおそれまであることから、ハラスメントや会計不正等の重大なリスクを引き起こす可能性が総じて高まります。そのため、内部通報体制が整っていないことのリスク影響度は非常に高いといえます。
その一方で、発生可能性として、内部通報体制の実効性を高める社内風土を醸成することが最も重要ですが、形式的な体制を整えること自体はそこまで骨の折れるものではなく、かつ実効性を高めるための第一歩にもなります。
形式的な体制すら整っていない場合のリスクの発生可能性は、他のリスクへの対応も十分でないことを推測させる事情となることもあって高いと言わざるを得ませんが、体制を整え、啓蒙を進めることによって、リスクの発生可能性を中・小に低減することができます。

Ⅲ 内部通報体制を整えるために

内部通報体制は形式的に整えられればそれで十分ではなく、実質的な効力を有する形で整備されなければ意味がありません。
この章では、実効的な内部通報体制を整えるために、どのような体制や規程を整える必要があるのかについてご説明します。すべてを完璧に実施するのではなく、できることから取り組んでいくことが重要です。

(1)内部通報制度への信頼感・安心感の向上

  • 内部通報制度において規程等によりルールを定めること。
  • 情報共有が許される範囲を必要最小限に限定する、同意のない限り通報者の特定につながり得る情報を開示しない等によって通報者や調査協力者(以下、「通報者等」という。)の秘密を保持すること
  • 通報をしたことに対しての不利益な取扱いの禁止、その他通報者等を保護すること
  • 利益相反の排除 や厳正な是正措置の実施など、調査・是正措置の適切性を確保すること
  • 通報者に対する適切なフィードバックによって透明性を確保すること
  • 運営トップから直接感謝を伝えること等により、通報者等の協力がコンプライアンス経営の推進に寄与することを伝え、組織への貢献を正当に評価すること

(2)内部通報制度の重要性及び公益通報者保護法の周知・奨励

  • 運営トップが内部通報制度を理解したうえで、運営トップから組織全体に対して、内部通報制度の活用を奨励するようなメッセージを発信すること
  • 社内通達、社内報、等で社内広報の広く行い、周知を図ること
  • 定期的な研修や説明会を実施すること
  • 内部通報を行うことのできる対象者を従業員に限定せず、理事、取引先の従業員、退職者等にも拡充すること
  • 法令違反・内部規定違反等が明らかでない場合にも、そのきっかけを知った際には積極的に内部通報制度を活用するよう奨励すること
  • 内部通報に至らない程度の疑問等も積極的に理事等に共有することを奨励すること

(3)通報窓口の整備

  • 社内において窓口を設置する場合、担当者に内部通報制度及びその重要性について十分な教育・研修を行うこと
  • コンプライアンス経営推進に対する従事者の貢献を、積極的に評価すること
  • 社外においても窓口を設置すること(金銭的に難しい場合、複数の団体が共同して事業者の外部(例えば、法律事務所や民間の専門機関等)に内部公益通報受付窓口を委託することも考えられます 。休眠預金事業では、日本民間公益活動連携機構(JANPIA)が設置する窓口の利用も可能です。内部通報自体は頻繁に発生するものでもないことから、顧問的な契約を結ぶよりは都度の対応を依頼する形として、費用を抑える方向もあり得るかと思います。)

(4)是正措置、再発防止策の決定・執行

  • 被害者がいる場合には、被害者の保護を第一に図ったうえで、調査を迅速に行うこと
  • 調査の結果、法令違反等が明らかになった場合には、速やかに是正措置及び再発防止策を講じるとともに、必要に応じ関係者の社内処分を行う等、適切に対応すること
  • 必要があれば、関係行政庁への報告等を行うことが必要です。

(5)具体的な規程の参考例

以上を踏まえて、たとえば以下のような内部通報規程を策定することも考えられますので、参考にしていただければ幸いです。

https://www.blp-network.com/wp-content/uploads/2025/04/41d74763df271bd2d1de1bfcbe6ca361.pdf

Ⅳ どのような費用が必要か

内部通報に関する整備をする際にかかる費用としては、以下のような費用が考えられます。

  • 窓口の設置費用
  • 制度の周知・運用に係る研修費用(他のコンプライアンスに係るテーマと合わせて実施することも考えられます。)
  • 実際に事案が生じた場合の専門家の費用(法的な問題であれば弁護士、会計上の問題であれば税理士や公認会計士、労務に関する問題であれば社会保険労務士等が考えられます。)

内部通報の窓口に関する費用については典型的な間接費又は管理費と考えられます。そのため、他の費目との調整も必要となる可能性もありますが、団体にとってどのように全体としてリスクの予防にリソースを割くのか検討することも、リスクマネジメントとして有益なプロセスになると考えられます。