この記事では、よく規程の整備が求められる事項について、具体的な対応策をリスクマネジメントの観点から分析し、具体的な対応策を検討します。今回のテーマは「職員の給与・手当」です。

リスクを検討するときには単に「職員の給与・手当に関するトラブル」と抽象的に考えるのではなく、職員の給与・手当に関するトラブルが起きたら具体的に団体にどのような影響があるかという点までセットで考えることが重要です。本記事では、団体として、職員の給与・手当に関するリスクをどのように見積もり、どのように防止策を講じるべきか、検討していきます。

なお、本記事は特に給与・手当について詳しく扱いますが、給与等について考える前提として団体としてどのような人事・採用施策を行うか検討することが大切です。そのため、「人事・採用」について扱った記事をご覧いただいたうえでこの記事をご覧いただくと、人事面での検討内容を広くご理解いただけるかと思います。

Ⅰ 職員の給与・手当に関する法的規制

(1)法的規制の全体像

団体で働く職員が、労働基準法(以下「労基法」といいます。)上の「労働者」(法9条)に該当する場合には、給与や手当の支払いについて、労基法や最低賃金法等の法令に従う必要があります。したがって、まずは、①職員が労基法上の「労働者」に該当するか否かが大きな問題となります。職員が労基法上の「労働者」に該当する場合には、②労基法や最低賃金法等の法令に従って給与・手当の支払いを行なう必要があります。

(2)①労基法上の「労働者」該当性

労基法や最低賃金法の適用を受ける「労働者」の定義は、労基法9条に定められており、「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされています。この定義にするか否かは、㋐労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか、すなわち、他人に従属して労務を提供しているかどうか、㋑報酬が、「指揮監督下における労働」の対価として支払われているかどうかという2つの視点から判断されます。この判断は、契約の形式や名称といった形式面ではなく、契約の内容、労務提供の形態(仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無や勤務場所や勤務時間の指定の有無など)、報酬その他の要素から「実質的」に判断されることになります。例えば、団体の常勤職員は、労働者に当たるとして整理していることが多いかと思いますが、業務委託を行う場合などに、実態としては労基法上の「労働者」に該当するというケースがありますので、特に注意が必要です。

(3)②給与・手当に関する労基法や最低賃金法等の規制

ア 賃金の支払い方法に関する規制

賃金の支払いについては、労基法24条が、㋐通貨で、㋑直接労働者に、㋒全額を、㋓毎月1回以上、㋔一定の期日を定めて支払わなければならないと定めています。

イ 最低賃金制度

地域別に定められる最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、罰則50万円以下の罰金刑に処せられる可能性があります(特定の産業ごとに定められる特定(産業別)最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、30万円以下の罰金。)。
また、最低賃金以下の労働契約は、その部分について無効となり、最低賃金を支払う旨の合意があったとみなされますので、最低賃金との差額を支払う民事上の義務を負うことになります。

ウ 時間外労働等に対する割増賃金

時間外労働(いわゆる「残業」)や深夜時間帯の労働が発生した場合には、労基法37条に基づき、割増賃金を支払う必要があります。
時間外労働の発生の有無を正確に把握するためには、労基法上の「労働時間」に該当するのが、どのような時間であるか理解しておく必要があります。労基法上の「労働時間」とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されており、労働契約の内容や、就業規則の規定ぶりにかかわらず、客観的に判断されます。このように抽象度の高い概念であるため、判断が難しいケースもあり、本来は労働基準法上の「労働時間」に該当する時間が、労働時間としてカウントされていない場合が見受けられます。
また、割増賃金の計算方法が法令に則したものになっておらず、実は未払いの割増賃金が発生していたということもあります(例えば、計算の単価に入れるべき手当を含めずに割増賃金を計算していることがあります。)。

Ⅱ 職員の給与・手当に関するリスク

次に、職員の給与・手当に関するリスクにどのようなものがあるか考えてみましょう。給与・手当について上記のような法規制への違反が生じた場合には、労働基準監督署から指導を受けたり、最悪の場合、使用者に刑事罰が科されるリスクがあります。また、給与・手当が適正に支払われなかったことにより、職員から未払賃金の請求を受けて、労働審判や訴訟などの裁判手続きに発展したり、職員のモチベーションが下がり、退職してしまうことも考えられます。
職員の給与・手当に関するリスク分析として、職員の給与・手当について違法な状態の発生可能性を増減させるポイント、及び職員の給与・手当について違法な状態が生じた場合の影響度を考えましょう。

①発生可能性

職員の給与・手当について、そもそも、労基法上の「労働者」に該当するのにもかかわらず、労働契約とせず、業務委託などの形で報酬を支払っているような場合には、その時点で、職員の給与・手当について違法な状態が生じていることになってしまいます。したがって、まずは、職員が、労基法上の「労働者」に該当するのか否かを慎重に検討しておくことが、リスクの発生可能性を下げることにつながると考えます。
その上で、労基法上の「労働者」に該当する職員については、労基法等にしたがって給与・手当を支払う必要がありますが、団体の規模が小さく、職員の数が少ない場合や、団体の立ち上げ初期で、初めて労基法上の「労働者」に該当する職員を雇用する場合などのケースでは、給与周りの体制が十分に整っておらず、図らずも労基法等に違反してしまっている可能性があります。特に、いわゆる残業代の計算については、計算の前提となる労働時間の考え方について、法的に適切でない取扱いがなされていたり、計算の方法が正しくない可能性が、相応にあるのではないかと思われます。
対策としては、1度、自団体の給与・手当の制度や仕組みについて、労基法等の法令に則しているのか確認、検討をしてみたり、社会保険労務士や弁護士などの外部の専門家に、自団体の給与・手当の制度や規程について点検をお願いすることが有効かと思います。
自団体で確認、点検を行う場合には、給与について定めている団体の規程について、厚労省が公開している「モデル就業規則」(https://www.mhlw.go.jp/content/001018385.pdf)を参考にしたり、給与・手当の計算方法や考え方について、厚労省や各地の労働局が公開している各種パンフレットを参照することで、最低限のポイントは押さえられるのではないかと思います。また、給与・手当の支払い方について、従前から取扱いを変える場合には、担当者レベルの判断で行うことは難しいと思いますので、理事等の使用者側がリーダーシップを持って、確認、検討を行うことが必要です。
参考に、給与・手当の支払いに関して参考になりそうな、厚労省や労働局が公開しているパンフレット等を以下にご紹介しますので、適宜ご活用いただけたらと存じます。

②影響度

職員の給与・手当を適正に支払わないことによる影響としては、以下のようなことが考えられます。

  1. 職員から未払賃金の請求を受けるリスク
  2. 職員が退職するリスク
  3. 社会から批判を受けるリスク

それぞれ以下内容を見ていきたいと思います。

1 職員から未払賃金の請求を受けるリスク

第一に、給与・手当の支払いが適正に受けられていないと考えた職員から、未払賃金の請求を受けることが考えられます。職員が弁護士を代理人に立てて、訴訟等の裁判手続に発展してしまうと、対応にかかる労力も相当なものですし、団体としても弁護士を付けるケースがほとんどだと思いますので、弁護士費用もかかってきてしまい、団体の本業に大きな支障を及ぼしかねません。最近では、一昔前と異なり、在職中であっても未払賃金の請求を行うケースが増えておりますし、また、同じような働き方をしている同僚にも情報が伝わり、複数の職員から未払賃金の請求を受けるということも考えられ、未払賃金の請求を受けるリスクは拡大傾向にあると考えられます。したがって、職員から未払賃金の請求を受けた場合の影響度は大きいといえます。

2 職員が退職するリスク

第二に、給与・手当の支払いが適正に受けられていないことを理由に、職員が退職してしまうというリスクが考えられます。昨今、人手不足が深刻化してきており、営利企業においても、待遇を改善しなければ、人材が確保できない状況になってきています。転職についても、一昔前に比べると活発になってきていることを踏まえると、待遇に不満をもって退職してしまうという可能性は高まっていますし、特に、小規模な団体においては、職員が退職してしまった場合の影響度はより大きいといえます。

3 社会から批判を受けるリスク

第三に、社会から批判を受けるリスクが考えられます。上記のとおり、給与・手当を法令に従って適切に支払わない場合には、制度上、刑事罰に処せられる可能性がありますが、起訴されて有罪に至るケースはそう多くはありません。一方で、労基法等に違反する容疑で書類送検されたことが報道されてしまうことがあります。また、書類送検されなかったとしても、職員が不満を持ってSNS等に書き込みを行い、炎上する可能性もあります。このような事態に発展した場合、今後、特に良い人材に応募してもらうことや寄付をもらうことが困難になる可能性があります。特に今後の職員の採用を目指すのであれば、特に労働基準法等の法令遵守に割く工数・資金の割合を増やしていくことは非常に重要です。

③発生可能性と影響度の評価

以上を踏まえますと、リスクの発生可能性及び影響度を3段階で評価する場合、給与・手当について違法な状態が生じることの発生可能性については、団体次第で低から高まであり得ると思われる一方で、給与・手当について違法な状態が発生した場合の影響度については高と整理する場合が多いように思われます。
給与・手当の支払いに関するトラブルが発生してしまうと、事業の遂行に大きな影響を及ぼしかねませんので、トラブルに発展する前に、法令に即した取扱いが実践できているかを点検しておくことが重要です。

Ⅲ 職員の給与・手当に関するリスク対応に要する費用

ここまで検討したリスクに対応するために必要となる費用としては、以下のような費用が考えられます。

  • 給与規程・就業規則の整備のために必要となる専門家の費用(この記事において触れた内容については、特に社会保険労務士への依頼が考えられます。)
  • 自団体の給与の支払が適切になされているかのアセスメントのための専門家の費用(自団体にて行うことも考えられますが、規程整備と併せて社会保険労務士に依頼することも一案です。)
  • 実際に紛争が生じた場合の専門家の費用(紛争については、弁護士への依頼が考えられます。)

給与規程等の整備に関する必要については、典型的な間接費又は管理費と考えられます。自団体内でどこまで実施すべきか、専門家にどの範囲で依頼するかについて、他のリスクマネジメントのために要するリソースと比較検討することも、リスクマネジメントとして有益なプロセスになると考えられます。

(畠山大成)