この記事では、よく規程の整備が求められる事項について、具体的な対応策をリスクマネジメントの観点から分析し、具体的な対応策を検討します。今回のテーマは「人事・採用」です。
リスクというのは、目的達成の不確実性をもたらす事象のことです。そのため、人事・採用に関するリスクを考える時も、どのような目標があるのか明確にし、その目的との関係でどのようなリスクがあるのか検討することが重要です。
また、リスクを検討するときには単に「人事・採用に関するトラブル」と抽象的に考えるのではなく、人事・採用に関するトラブルが起きたら具体的に団体にどのような影響があるかという点までセットで考えることが重要です。本記事では、特に助成金を申請する場合の、人事・採用に関するリスクをどのように見積もり、防止策を講じるべきか、さらに、どのような費用を計上すれば良いか検討していきます。
Ⅰ 報酬を支払う目的と想定されるリスク
特に助成金を得た事業において、職員に対して報酬を支払う目的は、団体側からすると、有償で必要な業務を担ってもらうことで、想定した費用の範囲内で、助成事業の目標を達成し、さらにその後も当該事業を継続・発展させることと考えられます。そのような目標達成を妨げる要因としては、以下のようなリスクが考えられます。
- 当該業務を担う人材を確保できないこと
- 業務が適切に遂行されないこと(想定工数の不足、専門性の不足、又は、担当者の退職)
- 法令違反により新たな金銭的な負担が発生すること
- 人件費に係る継続的な資金を確保できないこと
リスクマネジメントでは、影響度と発生可能性から優先順位を考えますが、①~④のどのリスクが高いと考えるかは、団体のフェーズによって大きく異なります。そこで、①~④のリスクが大きい場合とその対応策について順番に説明をさせていただきたいと思います。
Ⅱ 具体的なリスクヘの対応方法
① 人材確保について
人材確保のリスクは、特に助成事業で新規採用を行う場合にリスクは「高」になると考えられます。これは、現状で業務を担える人材がいない場合、本当に適切な人材が見つかるか不確実だからです。
対策としては、人件費だけでなく、広報費や採用アドバイザー費用といった採用関連費用を予算に計上することが考えられます。また、給与水準を公表することで、応募者に働く上での具体的な収入を示すことができ、応募を促進する効果も期待できます(休眠預金事業において給与水準を公開することが義務付けられていますが、このような効果も考えられます。)。さらに、人材確保が難しい場合に備え、誰がどのように負担を分担するのか事前に想定しておくことも重要です。
なお、特定非営利活動法人ETIC.が実施した「非営利団体のマネジメント人材育成」に関する実態調査レポートによれば、「年間一人当たりの採用予算」について、年間総収入5,000万円未満の小規模団体では、およそ9割が「5万円未満」と回答し、年間総収入5,000万円以上の中〜大規模団体でも、「5万円未満」が半数以上を占めているとのことです(https://etic.or.jp/news/2025/02/5634/)。大きな金額でなくても、助成金等を活用して一部でも採用予算を確保することで、採用プロセスに関して大きな学びを得られる可能性もあります。
② 業務が適切に遂行されないこと(想定工数の不足、専門性の不足、又は責任者の退職)
(1) 想定工数の不足
今回の業務が団体として新しい事業である場合には、特にどの程度工数がかかるのか予測が難しい場合もあります。他方で、ある程度助成金等の予算を作成する場合には、一定程度の予測をしなければなりません。したがって、そのような場合は、想定工数の不足や専門性の不足等のリスクが高まると考えられます。
業務が適切に遂行されないリスクを軽減するためには、まず想定工数不足への対策が必要です。これは、類似事業を行う他団体にヒアリングを行い、必要な工数をより正確に見積もることで対応できます。
(2) 専門性の不足
次に、専門性不足については、最初の段階からそのような専門性を持った人材を採用することを目指すことのみならず、専門家への相談費用や、業務特有の専門性を習得するための研修費用を予算に含めることで対応可能です。
これにより、職員のスキルアップを図り、業務遂行能力を高めることができます。
(3) 責任者・担当者の退職
「助成事業におけるリスクマネジメントに関する実態調査」では、「実際に直面した助成先団体が助成期間中に直面したトラブル又はヒヤリハット」として、全体として27.9%の団体が「当該事業の責任者が退職し、事業の活動 を終了又は縮小した」を挙げていました(p32)。待遇に不満をもって退職してしまうという可能性は高まっていますし、特に、小規模な団体においては、職員が退職してしまった場合の影響度はより大きいといえます。
退職の可能性をコントロールすることは難しい面もありますが、助成を申請する側の立場としても、当初の想定との齟齬をなくすことや、法令を遵守した体制を構築していくことで、そのような退職の発生可能性を低下させることや、チーム間の情報共有を徹底することで、退職後による影響を最小化することが重要と考えられます。
③ 法令違反により新たな金銭的な負担が発生すること
法令違反による金銭的負担は、特に予算内で事業を遂行する上で大きなリスクとなります。例えば、労働者であるにも関わらず業務委託として扱ってしまい、残業代などの請求が発生し、想定外の割増賃金が発生するケースが考えられます。このリスクを低減するためには、特に初めて職員を採用する際に、社会保険労務士などの専門家への相談費用を予算に計上することが重要です。この点について、詳しくは「職員の給与・手当」について扱った記事をご参照ください。
④ 人件費に係る継続的な資金を確保できないこと
事業期間外における人件費の継続的な資金確保は重要な課題です。助成事業を通じて追加の事業収入が得られる場合もありますが、それだけでは不十分な場合もあります。そのため、別途寄付や他の助成金を獲得し、事業を継続・発展させることを検討する必要があります。
人件費の水準を公表することは、フルタイム職員を雇用して事業を遂行する説得力のある材料となり、より大規模な助成金や寄付を獲得しやすくなる効果も期待できます。
Ⅲ 最後に
人事・採用に関する施策は、団体の基盤を強化するために最も基本的かつ効果的なものと考えられます。就業規則や給与規程等の整備のほか、採用やその後の研修までセットで考えることで、より包括的に団体の基盤強化につなげることが可能と考えられます。
(鬼澤秀昌)