この記事では、よく規程の整備が求められる事項について、具体的な対応策をリスクマネジメントの観点から分析し、具体的な対応策を検討します。今回のテーマは「ハラスメント」です。
リスクを検討するときには単に「ハラスメント」と抽象的に考えるのではなく、ハラスメントが起きたら具体的に団体にどのような影響があるかという点までセットで考えることが重要です。本記事では、団体として、ハラスメントのリスクをどのように見積もり、どのように防止策を講じるべきか、どのような費用がかかるのか、検討していきます。
Ⅰ ハラスメントとは
ハラスメントには様々な種類がありますが、ここでは、ハラスメントの代表例として、パワーハラスメントを取り上げます(なお、セクシャルハラスメントはまた別記事にて扱う予定です。)。その定義は以下の通りです。
パワーハラスメント:職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその労働者の就業環境が害される行為(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。
Ⅱ ハラスメントのリスク
次に、ハラスメントのリスク分析として、ハラスメントの発生可能性を増減させるポイント、及びハラスメントが生じた場合の影響度を考えましょう。
①発生可能性
発生可能性に影響するポイントの一つとして、管理体制が挙げられます。例えば、以下のような場合に、ハラスメントの発生可能性は高くなります。
- ハラスメントを許容しない雰囲気・文化がない場合
- 団体規模の増大等によって代表やリーダーの目が行き届かない場面が増え、たとえばメンバー2名のみで過ごす時間が長くなる場合
- 代表者やリーダー、相談窓口に対して報告・相談できる関係が形成されていない場合
- 特定のリーダーへの権力勾配が強まり、周囲に対して威圧的な行動を取ったとしても適切な反発を受けづらくなる場合
そして、発生可能性を具体的に検討することができれば、必然的に発生可能性を低減させるための方策も浮かび上がります。例えば、以下の対応によって、ハラスメントの生じづらい組織を作ることができるでしょう。
- 1の問題:代表が率先してハラスメントをしない旨を発信する
- 2の問題:可能な限りオープンな場で対話を行うような仕組みづくり
- 3の問題:相談をしやすい雰囲気の醸成、
- 4の問題:権力勾配の強まったリーダーへの注意喚起
②影響度
ハラスメントによる影響として以下の影響が考えられます。
- 被害者自身の負荷及び組織の心理的安全性の低下
- 人的・金銭的リソースの圧迫
- 業務継続についてのリスク
- 社会からの批判
それぞれ以下内容を見ていきたいと思います。
1 被害者自身の負荷及び組織の心理的安全性の低下
第一に、ハラスメントの被害者となったメンバーが心身に大きな傷を抱えることによって生じるものが挙げられます。被害者自身の負荷が何より大きな問題となりますが、団体として抱える影響として見ても、ハラスメント行為があった場合には、スタッフが不安に思い、職場環境が悪化する可能性があります。
2 人的・金銭的リソースの圧迫
ハラスメントの調査・行為者の処分等にも、大きな人的・金銭的リソースを要します。被害者の心身のフォローや組織変更のために周囲のメンバーが費やす時間等によって、団体の人的リソースが大きく圧迫されます。
3 業務継続についてのリスク
ハラスメントによって、被害者自身の退職や休職に至ってしまったにもかかわらず、そのスタッフが対応していた業務が属人的なもので、ほかのスタッフが担うことができない場合、事業の継続が難しくなる可能性があります。特にスタッフの数が少ない場合、業務継続のリスクはかなり大きくなるように思います。
4 社会からの批判
また、ハラスメントが発生したことにより、寄付や助成金の打ち切り、SNSでの炎上、信頼関係喪失による他のメンバーの離脱、代表者等への責任追及といった、社会からの批判に基づくリスクも顕在化します。特に、収入の中で寄付の割合が多い場合には、その収入の減少により、事業の存続までをも揺るがしかねない事態となるおそれがあります。
③発生可能性と影響度の評価
以上を踏まえますと、リスクの発生可能性及び影響度を3段階で評価する場合、ハラスメントの発生可能性については団体次第で低から高まであり得ると思われる一方で、ハラスメントが発生した場合の影響度については高と整理する場合が多いように思われます。
Ⅲ 法律上の義務とリスクマネジメントの関係性
また、厚生労働省が定めるガイドラインでは、事業者は以下の措置をとらなければならないとされています。以下それぞれをなぜ法律が求めているのか、上記の発生可能性・影響度の観点から検討します。
事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整 備
職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
上記の措置と併せて講ずべき措置
①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発(規程等)
パワーハラスメントのガイドラインでは、「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定と併せて、職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること。」が「事業主の方針等を明確化し、労働者に周知・啓発していると認められる例」として挙げられています。
したがって、倫理規程や就業規則といった、メンバーが必ず遵守すべき基本的な規程において、ハラスメントの禁止を宣言することで、上記の義務を果たしていることになります。
また、「周知・啓発」として、研修も有効ですが、準備に割くことができる時間が限られている場合には、厚生労働省が公表している「動画で学ぶハラスメント」(https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/movie/index)を活用することも考えられます。
これによって、「ハラスメントを許容しない雰囲気・文化」を醸成することができ、ハラスメントの発生可能性を抑止することができます。さらに、各団体の発生可能性を踏まえて、対象者(権力勾配が強まったリーダー、現場の責任者)を検討することで、より効果的なハラスメント対策ができると考えられます。
②ハラスメントが生じた場合の対応方法の整備
対応方法の整備については、「相談への対応のための窓口(以下「相談窓口」という。)をあらかじめ定め、労働者に周知すること」(人事担当の方、理事、監事の方等が考えられます。)や、相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすることが求められます。自団体内での相談が難しい場合等に備えて、厚生労働省が設置する総合労働相談コーナーを共有することも有効です。
これは、担当を決めた上で団体内のイントラネット等に掲示して周知するとともに、担当者に前述の「動画で学ぶハラスメント」の相談担当者向けの動画を視聴してもらうなどの対応が考えられます。
また、特にハラスメントの疑いが生じたタイミングで弁護士等の専門家と相談できるようにしておくことも「事後の迅速かつ適切な対応」をできるようにするために重要です。
これらの対策により、発生後の「社会からの批判」「組織の心理的安全性の低下」等の影響を緩和させることができます。
③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
ハラスメントが生じた場合、初期情報の取得、被害者保護の対応、行為の調査及び行為者への処分が求められます。詳細はパワハラ防止指針をご確認いただければと思いますが、リスクの観点から考えると、この「事後の迅速かつ適切な対応」は、発生後の「影響度」を下げるためのものです。
ハラスメント発生後の不適切な対応が、さらに団体の信用を棄損することは少なくありません。ハラスメントの対応経験が少なく不安な場合こそ、弁護士等との専門家との連携が重要になります(相談窓口は末尾をご覧ください。)。
被害者保護の対応については人事的な側面が強く、人事担当者や当事者の上長等による個別判断となる場合が多い一方で、行為の調査及び行為者への処分については、そのプロセスを定める意義があります。したがって、調査を誰が行うのか、どの組織が対応方針を決定するのか、実態に即した形で規程等に定めることで、有事の際に迅速な対応を行うことができます。
- 上記の措置と併せて講ずべき措置
さらに併せて、相談者・行為者のプライバシーの保護のために、相談担当者向けの動画の視聴をしてもらうことや、就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定すること等が考えられます。
また、法律上の義務ではありませんが、「業務継続についてのリスク」が大きい場合には、上記対応のほかに、職務の分担や、マニュアルの整備等が必要と考えられます。
以上のように、発生可能性の高い場面を具体的に特定することにより、法律も遵守しつつ、できる限りハラスメントの発生自体を抑制することが可能になると考えられます。
これらに係る費用としては、規程の整備にあたっての弁護士・社会保険労務士等に対する報酬や、研修の講師料等が考えられます。また、このような相談をしておくと、ハラスメントが起きた場合にも、このような研修や規程の相談をしている場合には、より相談しやすくなる点もメリットです。
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(鬼澤秀昌)