1 はじめに

法人や団体(以下、たんに「団体」といいます。)は、設立時や事業の遂行、事業拡大等の多くの局面において、適用法令の基準に見合った体制を整え、さらには適切な契約を締結した上で、事業の運営を行う必要があります。
今回は、団体として、リスクマネジメントの観点から、どのような点に留意して法務・契約に対応すべきか、どのような費用が生じるかについて取り扱います。

2 法務への対応

適法に事業を運営し、また裁判を含む将来の法的紛争を避け、又は実際に生じた法令違反や法的紛争に対応するためには、法務を担当する人員が必要です。ソーシャルセクターにおいては、専属の法務部員を配置せずに総務や事業担当等が法務を兼任することが多いかと思います。団体内に法務担当がいない場合であっても、上層部や事業担当の間で、後述の契約締結の要否等を含め、法的に問題が生じないか定期的にクロスチェックする体制を整えることが重要です。
法務担当の知識・経験、取り扱う法務の内容 によっては、その多くを法務担当が単独で行うことも考えられます。しかし、団体の法的リスクマネジメントの観点からは、重要な取引における契約書のレビューや交渉、新規プロジェクト立ち上げの際の法的リスクの分析、新法・改正法への対応等については、法的に問題がないか外部弁護士による助言・協力を得ることが重要です。また、法的紛争が生じた場合には、経験を有する外部弁護士の協力を得ることで円滑に手続きを進めることができる場合が多いでしょう。
外部弁護士によるサポートが頻繁に必要な場合は、顧問弁護士を雇うことも考えられますが、必要な場合にのみ外部弁護士に関与してもらう形態も多くあります。外部弁護士に依頼したことがない団体は、知人の紹介やインターネット検索で弁護士を見つけることが考えられます。なお、費用については、顧問弁護士の場合、月額3万円程度から、契約のレビューや交渉については内容・規模によって数万円から数十万円であることが一般的です。
なお、BLP-Networkでは非営利団体の運営・法的問題について経験がある弁護士が無償又は比較的低廉な費用で案件を受任しています。

3 契約への対応

(1) 契約締結の必要性

団体を含む私人間の契約においては、契約をするかしないかを自由に決めることができ、契約の方式も、一定の場合を除き、口頭であるか、書面であるかを問いません。しかし、口頭での契約(いわゆる口約束)では、「言った」「言わなかった」の判断が当事者の記憶によることとなり、裁判に発展した場合に、客観的に合意した内容を裁判所に対して立証することが困難となります。そこで、自己の利益を守り、又は将来の紛争に備えるために、積極的に書面による契約を締結すべき場合があります。
そのようなケースの一例としては、業務委託契約、秘密保持契約、利用契約・規約、著作権契約等が考えられます。すべての業務について契約を作る訳ではなく、団体の中心となる業務を中心に、書面による契約締結の必要性を検討することが重要です。その他、経済的利益が高額な場合にも、書面による契約締結が望ましいでしょう。この点については、重要な契約を漏れなく書面化するために、一定金額以上の取引や非定型取引については、書面による契約締結を要する旨や、外部弁護士に相談する旨等のチェックリストを用意することも考えられます。
なお、契約の場面における「書面」とは、一般的に「契約書」をイメージされることが多いと思われますが、「合意」や「覚書」等の表題でも、また電子契約でも法的効果は同じです。仮に、書面での合意が困難な場合、例えばメールやチャットで一方が業務内容や対価を伝え、他方がそれを承諾した場合も契約が成立した証拠として利用することができる場合もあります。したがって、重要なやり取りは安易に破棄・破損しないように保管することが肝要です。
また、契約は一度締結して終わりではありません。例えば、予期せぬ事態により業務内容の変更や対価の増減が必要となった場合には、実際の変更に応じた契約の修正をすることで、後のトラブル防止につながります。

(2) 契約の作成方法

初めて契約を作成する場合には、市販の契約書集やインターネットから必要な契約書のひな型を入手して、それを手掛かりに契約の作成をすることも可能です。
しかし、一般的なひな型はあくまでも一般的な事業・取引を想定したものです。取引その他契約内容が特殊な場合には、後の紛争を避けるためにも、法律の専門家に相談することをお勧めします。

(3) 契約の締結時の注意点

相手方の契約締結者がその団体の代表者でない場合は、権限についての問い合わせや、職務権限規程の確認等により当該署名者がその団体内で当該契約の締結権限を有しているかを確認する必要があります。
また、正式な契約締結前に業務を開始する必要がある場合、契約の発効日(締結日とは異なります)は、実際の業務開始日に遡及させておくことが重要です。

(4) 契約締結を求められた場合

団体が相手方から契約の締結を求められる際には、実務上、相手方が用意した契約書を使用することが多いと思われます。団体としては、提示された契約書をそのまま締結するのではなく、内容をよく検討することが肝要です。
特に、業務委託の範囲や、対価の額・支払時期、有効期間等が想定したものと異なった場合には、積極的に確認・修正を求める必要があります。当事者の合意に基づいた文言を契約書に反映することにより、想定外の業務を依頼されたり、業務の未了を理由に対価の支払いを拒まれる等のリスクを防ぐことができます。
なお、契約の相手方が、契約文言の修正に応じない場合、それがどのような帰結をもたらすかを入念に検討する必要があります。例えば、必要な範囲を超えて契約の有効期間が設定された場合や、契約期間中における競業他社との業務を制限されている場合は、その期間中に発生し得るより重要な他団体との業務の機会を失うおそれがあります。また、損害賠償条項において、「契約違反時には一切の損害を補償する」との条項がある場合、その契約に基づく経済的利益をはるかに上回る損害賠償の支払いリスクを負うこととなります。
相手方が契約の修正に応じない場合には、そもそもその相手方と契約関係に入ることが必須なのかについても検討を要するといえるでしょう。

4 規程との関係

法務・契約は、その性質上、個別具体的なものです。したがって、団体がリスクマネジメントの観点から、契約や法務についてどのような規程を置くべきかについて一様に論じることはできません。
しかし、団体内で適切に権限を委譲するために、いかなる役職の職員等にどのような契約を締結する権限を与えるかについては規程を作成しておくことが望ましいといえるでしょう 。また、一定の類型の契約の締結が頻回に見込まれる場合にも、団体内における契約内容の標準化を図るために、業務委託規程等の規程を置くことが考えられます。

5 おわりに

上記の通り、法務や契約に対する対応は本質的に個別的なものであり、団体の性質や扱う事業によって、リスクの大小も異なってきます。したがって、団体は、自身が負い得る法的リスクを適切に評価し、法務や契約交渉に臨むことが重要です。また、助成金を申請する際には、自分が申請している事業の中でどの部分法的リスクが高いかを考え、専門家の費用(法律の問題は弁護士、労務系の問題は社会保険労務士、商標権等の知的財産権の取得は弁理士等)も計上することで、より着実に事業の遂行が可能になります。
また、支援団体に対する助成を行う団体については、どの程度支援先が法令に遵守した業務を遂行する体制を整っていることを求めるか団体としてのスタンスを検討するとともに、重要な契約について書面による契約を締結しているか、重要な契約が違反なく履行されているか等について、特にその考え方や実態について、早い段階から確認することが望ましいでしょう。

(江間裕子)